なぜ『PMBOKガイド』としたのか

2020/01/15 中嶋 秀隆

 『プロジェクトマネジメント知識体系』の日本語での略称は従来、PMBOKガイド と表記されてきたが、第6版より『PMBOKガイド』に変えた。その理由を尋ねられることがあるので、翻訳検証に関わって者として、説明しておこう。
 マーク・トウエインの名作『八ックルベリー・フィンの冒険』の冒頭の文章の日本語訳と英語の原著と並べると、次の通りだ。

 みんなは、おいらのことなんか、知らねぇだろう。『トム・ソーヤーの冒険』ってえ本を読んだことがなかったなら。

You don’t know about me without you have read a book by the name of The Adventure of Tom Sawyer.

 原著の英文では書名をThe Adventure of Tom Sawyer と斜字体で表記しており、これは英文の中で書名を示すときには普通のことだ。これを邦訳する際、翻訳者の大久保博氏は、『トム・ソーヤーの冒険』としている。つまり、書名を斜字体で表記せず、しかも2重カギカッコ『』で囲んでいる。日本文の中で書名を示すときにはこうするのが普通のことだ。
 この問題はかねてから指摘されてきたものであったが、第5版までは聞き入れられなかった。今回、第6版からはPMBOKガイド をやめ、『PMBOKガイド』と日本語の常識に従うこととした。

 それにしても翻訳はむつかしい。これと軌を一にするエピソードを紹介しよう。ある看護師養成学校が東京に新設されたときのことだ。学校では「最先端教育」を売りにし、ニューヨークの看護師養成学校のカリキュラムを採用した。そこにある科目を見てみると、「看護学I」、「看護学Ⅱ」、「生化学I」、「生化学Ⅱ」…などが並んでいる。その中の科目に「英語」とある。入学を検討中の人が、いぶかしく思って学校に問い合わせた。すると、ニューヨークの看護師養成学校のカリキュラムをそのまま採用している、そこにEnglishとあるので「英語」としているとの返事。

 賢明なあなたはもうお気づきだろう。ニューヨークの看護師は患者や医師たちとEnglishでコミュニケーションをとる。だからEnglishなのだ。一方、東京看護師は患者や医師たちと日本語でコミュニケーションをとる。だから日本のカリキュラムでは、個々の部分を「日本語(国語)」とするのが適切である。