ゼロ・トレランス政策

2017/01/25 中 憲治

「ゼロ・トレランス/Zero Tolerance」とは日本語では不寛容、あるいは非寛容と呼ばれている。日本社会では、寛容であることは善であるとされてきたと思う。しかし、それが行き過ぎると、社会の治安・安全が乱れてきて、結果として住みにくい社会を生み出していくこともある。

「ゼロ・トレランス政策」が実行されて成果を上げた例として、1994年~2001年までニューヨーク市長を務めたルドルフ・ジュリアーニ氏の政策がある。1990年代前半のニューヨーク市は治安が悪化の一途をたどり、凶悪犯罪も多発している。ジュリアーニ元市長が採用した「ゼロ・トレランス政策」は「壊れ窓理論」を適用したといわれている。「壊れ窓理論」とは1982年にジェイムズ・Q・ウイルソンとジョージ・L・ケリング両氏により、犯罪防止の為の一つの概念として発表された理論である。

概要すれば、窓ガラスが誰かのいたずらで壊されていても、“子供のいたずらであろう、たいしたことではない”と見過ごしていると、いずれは全ての窓ガラスが壊される、それは地域の住民の体感治安レベルが次第に低下につながり、犯罪の多発を招くという理論である。

最近の日本社会の些細な事件、出来事を見ていると、下品ないたずらをして、ネットに掲載して喜ぶ、人から不評が上がってくると、それが注目を集めているとして、更にいたずらが度を増していく。あれが許されるなら、私だってと真似をする不届き者が増えていく。まさに「壊れ窓理論」を体現しているような出来事が多くなっている。大雪で飛行機が飛ばないと言って空港のカウンターで狼藉をはたらく。このような明らかに微罪といえる犯罪行為が目立つが、この程度は不愉快であるが、取り締まるまでもないとしていると、それは日本社会の体感治安レベルの低下を招くことに繋がる。

ジュリアーニ氏が行った、些細な犯罪をなくすために最初に行ったことは、路上の強請りの撲滅である。信号が渋滞で停車した車の窓ガラスに水をまいて汚い布でふいて、運転手に脅しをかけてその料金を強要する行為を徹底して撲滅することから始めた、このような小さな犯罪を撲滅する対策が犯罪件数のまでを57%減少などに繋がり、ニューヨークは安全な街としてよみがえり、観光客数も45%増加につながったといわれる。汚くて、怖くて乗れないと言われていた地下鉄も、2004年にニューヨークを訪れた時に乗った地下鉄は落書きも全くなく、日本の地下鉄よりもきれいと感じるほどであった。

安全な社会を維持していくためには、時によっては不寛容な対応も必要なのではないだろうか。