職業としてのプロジェクト(その7)

2009/02/17 中嶋 秀隆

好きで得意である
ある職業(や役割)が個人に向いているかどうかを考える際、私は「好きである」と「得意である」の2つの軸で考えるべきと主張してきた。職業(や役割)で次々に立ち現れる課題に対処し続けるには、疲れを覚えずにエネルギーを集中する必要があり、そのためには「好きである」ことが大切である。しかし、その職業(や役割)がどんなに好きでも、それに加えて、「得意である」ことも欠かせない。自分のパフォーマンスが平均値を下回ったり、周りの足を引っ張り続けたりするようでは、社会に貢献することはおぼつかない。また、職業として成り立たない。労働市場で競争力を持ち得ないからだ。 このこと魯山人は次のように表現している。「私の年来の希望は“いいものを求める”ことだ。この願いはとりも直さず、上向きの心、すなわち完全なものへの絶え間なき精進である。それは、何かにつけて修行になる。自分の好きな道で修行ができるくらいありがたいことはない。座右にいいものを置くようにこころがける。」 こうした「好きである」と「得意である」の2つの軸をさらに進め、より網羅的で説得力のある説を、哲学者・芳村思風氏の著作で知った。ここに紹介しよう。

天職の 5 つの条件
天職の条件として、芳村思風氏は次の各点をあげている。すなわち、①やってみたら、好きである、②やってみたら、興味・関心がわいてきた、③やってみたら、得意と思える、④他の人とやったら、いつも自分のほうがうまい、⑤真剣に取り組んだら、問題意識がわいてきた、の 5 つだ。 このうち①③④は、前述の「好きである」と「得意である」の2つと軌を一にするところがある。しかし、②「興味・関心がわいてきた」と⑤「問題意識がわいてきた」は、もっと広い捕らえ方である。そして、注目したいのは、①~⑤に共通する「やってみたら」「真剣に取り組んだら」という条件だ。氏は、まずやってみること、真剣に取り組んでみることを、天職にいたる先行条件としている。 連載の第 1 回で、ある個人がある職業(や役割)に向いているかや、企業が新ビジネスで成功できるかを知るには、たくさん試してうまくいったものを残すのが効果的であることにふれた。『ビジョナリーカンパニー』の“枝分かれと剪定”のプロセスとを経るということである。 しかし、3M 社の例を引くまでもなく、自然界の進化のプロセスと、人間の営みには決定的な違いがある。やや乱暴に言えば、自然界の進化はいわば「なりゆき任せ」であり、その方向性について目的や意思がないように思われる(宗教的解釈には、あえてふれない)。しかし、企業活動や仕事などの人間の営みでは、「下手な鉄砲、数撃ちゃあたる」と闇雲に手を出すことは普通はしない。人間の営みには、目的と意思があるからだ。企業が活動ドメインや投資先を選択するには、外部環境を分析し、ビジネスチャンスを探す。併せて、内部環境にも目を向け、自社の強みを生かせるかどうかを見極める。個人の職業(や役割)の選択についても、同じことがいえる。

天職への道
天職にいたる道も、煎じ詰めれば、実際にやってみなければ何もわからない。実際にやってみた上で、上記の5つの条件に照らして結論を出すことだ。そのためには、自分が「好きである」「得意である」と感じることの中から対象を絞り込んで仮説を構築し、それを実行する。しかるのちに、②「興味・関心がわいてきた」と⑤「問題意識がわいてきた」の基準に市場需要を加味して、自分の天職にあたるかどうかを判断するのが要諦といえよう。

①やってみたら、好きである
②やってみたら、興味・関心がわいてきた
③やってみたら、得意と思える
④他の人とやったら、いつも自分のほうがうまい
⑤真剣に取り組んだら、問題意識がわいてきた市場需要がある
”『プロジェクトマネジメント学会誌』より転載”