職業としてのプロジェクト(その1)

2008/05/14 中嶋 秀隆

はじめに

プロジェクトを生業としている読者にお尋ねしたい。「あなたは、プロジェクトに向いていると思うか?」と。

答えは人によって様々だろう。「もちろんだ。プロジェクトこそ天職だと実感している」という人もいるに違いない。しかし、「いや、必ずしも向いていない。社命だからやむなくやっている」という人もいるのではないか。望むらくは、皆さん全員が前者であることを。

この連載には、やや気取ったタイトルを付けてみた。M.ウエーバーや筑紫哲也氏のような碩学の論には遠く及ばないが、職業としてプロジェクトに取り組むことの意味や背景を考える点からいえば、とんでもない的外れではないかもしれない。

連載ではまず、向いている職業(や役割)を選ぶプロセスや基準はどんなものかを、企業のドメイン選択と比較しながら、考えよう。そして、人が職業(や役割)に向いているとはどういうことかと取り上げる。それを踏まえ、PMPの中心的な要件である「インテグリティ」と私の最近の関心テーマである「運」に光をあてながら、リーダーの条件やプロジェクト・マネジャーに求められる資質にまで論を広げることをめざしたい。

幼少期の習い事

読者は少年少女の時代に何か習い事をしただろうか?教育熱心は我が国のことだから、大半の人がイエスと答えることだろう。そして、自分の子供にも習い事をさせている(させた)、という人も少なくないだろう。

私が子供のころの習い事の定番は、習字とそろばんであった。「読み書きそろばん」の伝統が背景あったようだ。習字を例に取ると、いたずら小僧が、週に一度習字の先生のお宅に伺い、1時間ほど、和室の畳(に敷いたビニールシート)の上に正座をし、墨をすり、手本を見ながらなにやら文字を書く。終了時にほっぺたや手、服などについた墨のあとが歴戦を物語る。手本はひらがなの時もあったが、「温故知新」「白砂青松」といった漢字の熟語の時もあり、意味なんぞは“知らぬが仏”で筆を動かす。こうすることで、いたずら小僧が落ち着きを得られるるのでは、という親心があったかもしれない。
その後、少年少女の習い事のリストには、ピアノやバイオリンが加わり、さらに男の子には野球のリトルリーグや少年サッカー、女の子には、バレーなどが加わる。そして、最近では、テニス、公文式、英語などが広く行われているようだ。
ある時、高校のクラス会で昔の習い事が話題になった。ある女性(往年の少女のひとり)がつぶやいた。「母に言われたのよ。いろんなことをやらせたけど、どれもものにならなかったね、って」
(次回に続きます)
”『プロジェクトマネジメント学会誌』より転載”