車とエアバッグ

2010/03/16 中嶋 秀隆

「楽観主義者が車を発明した。悲観主義者がエアバッグを発明した」(An optimist invented thecar. A pessimist invented the air bag.) ジョーク集のなかでこんな文章に行き当たった。そして、少し違うのでは(?)と思った。

最近の拙訳書『リーダーの人間力』(ヘンリー・クラウド著)に、こんな指摘がある。成長するにはリスクをとる必要がある。リスクをとるとは傷つく可能性がある場所にわが身をさらすことだ。しかし、これは生きることと同義語である。

この指摘から、リスクや成長、楽観主義について、ひとつの側面の面が見えるのではないだろうか。

子どもが中学生の時、体育の授業でバスケットボールの試合中に鎖骨を折る怪我をした。その晩、連絡をくれた担任の先生は、電話の向こうで消え入りそうな声で詫びていたが、私は、「そういう怪我は体育の授業なら一定の確率でありうることです。すでに怪我の手当てをしてくれているのですから、それで十分です。お礼を申します」と感謝を述べた。そして、先生が責任のすべてを背負い込むようなことがないようにお願いした。

子どもが学校に通うことには、通学時にも、授業中にも、休み時間にも、わずかながらリスクがつきものである。つまり、学校教育というプラスの試みに、若干ながら、マイナスのリスクがついてまわる。そういうリスクにしっかり対処するのがリスク・マネジメントである。そのために、父兄が通学の補助をしたり、先生が準備運動をさせたりする。

車は移動手段として有効なものである。徒歩の10倍の速度で移動できる。そして、車の運転にはリスクがある。そのリスクの影響を最小限する手段のひとつがエアバッグである。つまり、車による移動というプラスの行為にリスクがつきものである。そのリスクをマネジメントし、その影響を最小化する手段のひとつがエアバッグだといえるのではないだろうか。

冒頭のジョークを展開すると、「楽観主義者が車を発明し、リスク・マネジメントの一環で、エアバッグを発明した」(An optimist invented the car, and he/she invented the air bag as part ofrisk management.)ということになろう。

さらに楽観主義者と悲観主義者の対比には、次のジョークがあり、私はこちらが気に入っている。「悲観主義者は笑うことを忘れる。楽観主義者は忘れるために笑う」(A pessimist forgetsto laugh. An optimist laughs to forget.)。