人芯経営論 ・・・市場原理主義のアンフェア

2012/12/11 浅見 淳一

私は、3年間ぐらいテレビはほとんど見ませんし、新聞もほとんど読みません。「それで困りませんか」と尋ねられますが、実際に困ったことは一度もありません。孤島ではないので、ネットなどで必要最低限の情報は自然と入ります。川の中にいるより、岸にいたほうが、水の流れをよく見ることができます。情報の流れも同じです。

12/16に選挙があることぐらいは知っていますし、なんとなく各党の政策も耳に入ります。TPPが争点の一つになっているも理解しています。TPPは正確には違うのかもしれませんが、私は市場原理主義に近いと考えています。 各国政府の規制を撤廃して、市場に任せて自由に競争をすることが、公平な競争であり消費者の利益につながる。それがグローバルスタンダードだとの主張だと理解しています。金融ビックバーンの時にも、同じような主張を聞きました。 私はこの主張には「お互いの力が均衡している」という大切な前提条件が抜けていると考えています。たとえば、プロ野球球団と中学生の野球チームが試合ををしたら一方的な展開になります。もし私がボクシングの亀田選手と試合をしたとしたら(絶対にしませんが)、一瞬にして勝負がつきます。その亀田選手がヘビー級のチャンピオンと試合をしたら、勝負にならないはずです。ですからお互いの力が拮抗するように、通常は格闘技のボクシングや柔道などは体重性を取っています。野球やサッカーなどはプロ同士が戦います。お互いの力の差があるなら、ゴルフのようにハンデキャップをを付けて力の差を埋めようとします。それがフェアーな対応です。(接待以外で、ゴルフの上手な人とスクラッチで握ったりしませんよね) 世界の国々の産業や農業や経済力には、明らかに大きな力の差があります。国内でも、工業力がある国、農業力がある国、金融力のある国があります。その状態にもかかわらず、ハンデキャップがない取引が、公平な取引だという主張は強者の理論です。

<余談1>
TheBigIssue(ビッグイシュー)という雑誌が街で立ち売りされています。3000円です。見かけた時には買うようにしています。マスメディアとは違う視点の記事や、取り上げられることがない記事が載っていて、驚きや気づきがあります。
199号に作家の雨宮処凛さんのコラムで「ありがとうの反対」について書いてありました。「馬鹿野郎」かと、思いましたが、「当たり前」と紹介してありました。確かに私などは簡単に「してもらって当たり前」「お金を払ったのだから当たり前」「便利な生活は当たり前」などと考えてしまいます。しかし、食糧や電気や水や電車や建物や道路や電気製品などは自分では作っていませんし運用もしていません。毎日の快適な生活が多くの人々に支えられて成り立っていることを、日々の生活の中で忘れてしまいます。「当たり前」と思う心は、感謝の気持ちを失っているということに気が付きました。
まだこの雑誌を読んだことがなかったら、良かったら一度、買ってみてください。