お遍路と巡礼は違う

2016/02/23 中 憲治

今年の1月から「坂東33観音巡礼」を始めた。出来れば全工程を歩いて結願したいと考えているが、後述するように困難な事情もあり、自転車も使った人力による結願で妥協することも考えている。

1.日本の巡礼、世界の巡礼
日本には、「四国八十八か所お遍路」を始めとして、「坂東33観音巡礼」、「西国33観音巡礼」そして「秩父34観音巡礼」と札所をお参りする巡礼の道は数多くある。
「坂東33観音巡礼」「西国33観音巡礼」「秩父34観音巡礼」の札所を巡ることを「日本100観音巡礼」ともいう。

巡礼とは札所(聖地)を巡る宗教的行いであるが、
日本などの仏教の世界では複数の聖地を回ることを意味し、キリスト教、イスラム教の世界では一カ所の聖地を訪れることを指す。キリスト教の聖地としては、「エルサレム」「ローマ(バチカン)」「サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)」などが有名であり、イスラム教では「メッカ」「メディナ」「エルサレム」などがある。私の目標としては、「四国八十八ヵ所お遍路」を結願した後は、巡礼の旅として、「サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼」を目指しているが、繋ぎとして日本を先に目標達成と考え、地元である「坂東33観音巡礼」を結願することとした。「日本100観音巡礼」は、現時点では夢であり目標まで落とし込んではいない。

2.巡礼とお遍路
さて、同じ札所を巡る旅ではあるが「お遍路」と「巡礼」では意味が違うのか、
意味は同じにしても、何故言葉が違うのか?私も、最初はこの違いに余り問題意識がなかったが、歩き巡礼の経路を調べていく中で、その違いを知ることとなった。「坂東33観音巡礼」の公式WEBには、お遍路とは「弘法大師が歩いた八十八ヶ所の札所を巡るお遍路の道をそのまま辿ること」であり、巡礼とは「坂東33観音巡礼」においては、定められた33の札所(聖地)にお参りすることとある。この定義は、キリスト教の巡礼とは異なる。キリスト教の巡礼とは、聖地を目指してその途上にある記念碑を巡りながら巡礼の道をたどることにあり、日本でのお遍路と同じ意味を持つ。
「坂東33観音巡礼は「四国八十八ヵ所お遍路」と異なりその札所の順番は順番に並んでいない。札所1番次は2番と順番通りに廻っていくことは随分な遠回りになる。そのため、順番通りに札所を巡ることはほぼ無理であることから、どのような順番でも33カ所の札所を巡ることの方が大事であるとの解釈を示したのだと思われる。どうも手軽に札所巡礼することを勧奨する方便であるように思える。

3.坂東33観音とは
坂東にある33の観音像を本尊とする寺院のことを指すが、そもそも坂東とはどのような意味なのか?奈良時代、天智天皇の時代に律令国と呼ばれる行政地域制が布かれた、坂東とは坂の東の地域を意味し、東海道の足柄坂(峠)、中山道の碓氷坂(峠)の東側を坂東と呼んだことに起因する。(このことから東海道はこの時期のルートは箱根峠ではなく、芦ノ湖から足柄山を越えるルートであったことがわかる)当時の行政区分では相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野の8カ国を指し、現在の神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、栃木県、茨城県そして千葉県の7都県がこれにあたる。坂東33観音は、鎌倉時代に整備が進んだと思われる。その証拠に、1番から4番までは鎌倉近辺に位置し、その続きも8番までは神奈川県に所在し、埼玉県へ広がった後は、群馬県、栃木県、茨城県に繋がり、千葉県で終わる。
その理由は、鎌倉幕府の勢力拡大に合わせて札所が整備されていったことにあるようである。

札所の順番は、整備された順番についているようであり、必ずしも経路上に並んでいるわけではない。(四国八十八ヵ所に関しては、札所はほぼ経路沿って順に並んでいる)故に札所の順番に巡礼することは時間も掛かるし、同じ道を行ったり来たりと無駄が多い、それも修行と呼ぶには余りに理不尽と言わざるを得ないため、巡礼とは経路を気にすることなく札所にお参りことと定めたのだと思われる。古人の知恵であろう。