米国の半導体大手メーカ・インテルの日本法人に勤務していた時のことだ。
日本人の社長が外資系では異例ともいえる長い期間その職にあったが、米国人に交代したばかりの時だ。新社長の人となりはまだよくわからない。
そんなある朝、同僚のマネージ―の一人が浮かぬ顔で「これから社長に怒られてくる」という。わけを訊くと、彼は前日、出張先の大阪から午後3時に新社長(つくば市の本社)に電話をかけることになっていた。だが、出張先で多忙を極め、電話をかけるのを忘れてしまったという。
「まいったよ。謝るしかない」
彼は肩を落として社長室を訪ねた。
5分ほどで戻った彼は、こちらの心配をよそに、喜色満面だ。そして、明るい声でいった。
「いやー。まいったよ。あの社長はすごいよ」
彼が前日の不始末を詫びると、社長は答えたそうだ・
「いや、悪いのはこっちだよ! たしかに、あなたは昨日午後3時に電話をくれた。私にはわかる(I Know it.)。でも、私はその時、“お話し中”て、あなたの電話をとれなかった。だから謝まるのはこっちだよ」
社長の“お話し中”はまったくのフィクションである。それは、両者との百も承知のことだ。社長はミスを詫びる部下をひとことも責めず、意図的に自分を悪者にし、部下の立場を守ったのである。
この社長のような対応ができるのには、相当の教養と・識見、難局を乗り越えた経験、そして確固たる自信が求められる。
エッセイ
悪いのはこっちだよ
2019/05/14 中嶋 秀隆